かつてバイクの運転免許を取得するために教習所に通っていたときのことですが、その当時働いていた先輩に誘われ、上野にあるバイク街へ足を運んだ記憶があります。当時は通称「バイク街」と呼ばれていました。
その頃のバイク関連の雑誌には、上野のバイク店に展示されている中古バイクの情報などがよく掲載されていました。
時は流れ、令和という新しい時代に入ってバイクブームも過去のものとなりましたが、あの懐かしい場所が現在どうなっているのかを確認すべく、JR上野駅前を散策することに決めました。
上野バイク街は今どうなってる?
振り返れば、私が初めて手にしたSHOUEI製のヘルメットも、記憶に新しい上野のバイクショップで見つけたものでした。
現代においてもバイク愛好家は多くいますが、特に地方都市ではバイク専門店は存在しても、ヘルメットやグローブといった付属品を豊富に扱うお店は限られており、より大きな都市まで出かけなければ、実店舗での品揃え満足のいくショッピングは難しいのが実情です。
そんな状況を鑑みれば、当時の上野の風景は、まさにライダーたちにとって夢のような遊園地だったのかもしれません。
かつて「バイク街」と謳われたその地域にも今はバイク関連ショップの数は減少しているとの話を耳にしますが、今も昔の面影がどれほど残っているのか、その実態に迫りたいとの思いからJR上野駅に足を運ぶことにしました。
バイク街を訪れる方法
思い出のあるバイク街は、首都高速道路がそびえる一般道沿いにあったことを覚えています。しかし、これだけでは具体的な場所がわかりづらいため、下調べを行いました。JR上野駅からのアクセス方法は、中央改札を出て浅草口方面に向かい、国道4号線に至るルートをたどります。
通り自体は「昭和通り」として知られており、現在は美味しい料理を提供する飲食店や宿泊施設が立ち並んでおり、昔の面影は薄れているように思われます。浅草口の階段下にある案内板を見た後、左の信号を渡ると、案内板右側にある交番が目印です。車用の指示板には三ノ輪方向が記されており、役立ちます。ここから左に進んでください。
さらに国道4号線交差点の歩道を進むと、左側に進路を取ります。この道沿いに少し進むと「BIKE RYUTSU CENTER」の看板が見えますが、ここはバイクの買取店の様子です。なお、国道上は今でもバイクが頻繁に通行していますが、訪問した当日、目撃したのは勤務中の白バイだけでした。
それから先に、「オートバイ用品店ラビー」と隣接する「オリエンタルモータース」というバイク販売店があります。オリエンタルモータースは一般的なバイクショップです。歩道沿いには他にもバイクショップがいくつかありますが、目立った特徴は首都高が上を通ることで、記憶と合致しています。
この先、同じ側にバイクショップは見当たりませんでしたが、アパホテルの裏通りにはカワサキの旧車を取り扱う店があります。アパホテルを過ぎて「北上野1丁目」交差点を渡り、国道に沿って進むと「モーターサイクルSCS」が見えます。ここから先は看板は確認できず、おそらく現在のバイク街の範囲の終わりです。
折り返し点のモーターサイクルSCSからは、つい先ほど歩いてきた反対側を戻っていきます。アパホテルの向かい辺りには「UPC RIDE ON」というバイク用品店があり、さらに反対側に向かうと「三和モータース」と「COME COME」という店が立ち並んでいます。最後に「e-bike」という店があり、電動自転車やキックボードを扱っています。
首都高速高架下のバイク街、記憶に残る風景
東上野のラビーが構えていた交差点から少し線路方面へ進むと、「BIG BEAT」と称されるオートバイ専門店も見つけました。上野駅の周辺を散策した結果、バイクショップは合計で9軒ありました。
上野駅周辺のバイクショップリスト
訪問したのは土曜の昼下がり。さらに路地に足を踏み入れると、もしかすると見過ごしたお店が他にもあるかもしれません。
確認できたお店は、半径約100メートルの範囲内に集中しており、この地がかつてのバイク街としての趣を今に伝えていることが感じられます。特筆すべきは、直上を走る首都高速1号線が施す屋根のような存在感。その下に点在するバイクショップのラインナップは、他には見られない独特の風景を形作っています。
昔のバイク街を思い出すと、そこが具体的にどの場所だったのか、曖昧な記憶にふともやっとした感覚が残ることがありました。しかし、このたび再訪し、相変わらず並ぶバイク店の列に当時の姿を見て、かけがえのない歴史と存在を再確認できたことは、バイクを愛する一人として心から嬉しい瞬間となりました。